〈舜天・英祖・察度~浦添王朝時代~〉1187年~1405年 | 「平成大琉球繪巻」ヘイセイ ダイリュウキュウ エマキ

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〈舜天・英祖・察度~浦添王朝時代~〉1187年~1405年

舜天・英祖・察度~浦添王朝時代 1187年~1405年
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巨大な浦添城を中心に「王」と呼ばれる有力な支配者が現れる時代

琉球史書に初めて実在の王として現れるのが、前述の舜天王です。王といっても、実際はその支配力は沖縄全土にわたるほどではなく、浦添を中心に多くの按司(=豪族)を従える按司主(アジヌシ)だったのではないかと予想されます。舜天王統は3代続きます。
その次に浦添王となったのは、恵祖按司の子で「てだこ(=太陽の子)」と呼ばれた英祖王でした。英祖王は田畑の境界線を定めて農業の生産性を高め、久米島や慶良間、伊平屋諸島も支配下に置いたと言われます。
英祖王統が5代続いたのち、察度という人物が浦添王になります。察度は天女の母親から生まれたという伝説めいた出自を持ちますが、明との初の進貢貿易を行い、明の歴史書に初めて記録された沖縄人となります。察度は貿易を行うために明から技術者を招いて定住させ(=久米三十六姓)、朝鮮、シャム(=タイ)等とも貿易を始めました。
浦添は、耕作に適した広い平野と牧港という天然の良港を背景に、有力な支配者を輩出し、沖縄の中心として栄えました。

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